まりごん総帥の「これぞ総帥道!!」Mk-2

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2007/01/25…記憶の失われた日

2008.01.25 (Fri)
記憶の失われた日。
あの日、自分の身にとんでもないことが起きていた。

あれから二日後だと思う。夢から醒めたようにぼーっと目を覚ました。そこは自分の家でもなく、学校でもない。病院だった。まだはっきりしない頭で、何が起きたかを考えた。しかし、どう記憶を辿っても最後の記憶は、自分の家の玄関を出る場面で終わっている。

ベッドに横たわっているはずの自分の身体も見渡せないただ寝たきりの状態で、正常ではなかった自分の視野に入ってくるものを見つめたり、目を閉じて耳をすます。

今でも初期の頃の記憶はバラバラだ。いつあったのかはわからない。けれど、思い出せることはある。

痰をとるチューブの苦しさ。身体を移動されるたびに腰から右足に走る激痛。一時的な視覚の障害。縫い目がちょっとつれる額。無事だという手は、真っ黒な打撲あとのある関節と爪に入り込んだ赤黒い乾いた血液。安定しないバイタル。瞳孔を定期的に確認されていたこと…。

ICUは生と死の隣り合う不思議な空間だった。

そうそう、一度ICUの部屋を移ったのだが、そこはラジオが流れていたんだった。朝も夜もないような窓のない閉鎖的な空間で、唯一時の流れを教えてくれた。ニュースではWindows Vistaの発売を取り上げていた。世の中は日々淡々と一日を刻んでいる。

あれから何日かして、二度目の手術。そして、ICUを出て病棟に移り、三度目の手術をした。

両足の指や踵がピンや金具で補正されてはいるが、おそらく折れ曲がったという方向に、自分の意思とは関係なく常にギューッと力が入っているような、そんな気持ち悪い筋の強張りが続いていた。自分の記憶の失われた時間を、身体が覚えているかのようだった。

自分の力で身体を動かしたかった。
人間の本能というか、自由への切なる願いか。寝たきりでも、身体の機能の一つでも復活することを望んだ。再び生きることを許されたのなら、少しでも良い状態になって生きたい。

一日中隙あらばもぞもぞと動く練習をする。自力では下半身が動かない。手で脚を持ち上げないと、脚の位置が変えられない。想像がつかないかもしれないが、下半身がどうにもならないと、うつぶせという姿勢にももっていけない。それでももぞもぞと動いてみる。

いつしか、少しだけ脚が動かせるようになった。この調子で、とその当時にはかなり高度に思えたうつぶせに挑戦しようと思った。腰や背骨の損傷もあったため、普通に寝ているのさえ苦痛だったから、うつぶせができれば少しは楽な姿勢になるんじゃないかと思ったのだ。最初はもちろん、脚をクロスさせて腰を捻るところからだ。

しかし、思いも寄らぬことが起きる。酷い痺れと感覚の無さが手伝って、脚をクロスしかけた中途半端な状態で、太腿から下が両足ともつったのだ。太腿もつる・両足同時につる、という新しい発見に驚いた。驚いたまではいいが、これで完全に身動きが取れなくなった。

なんとか届いてよかったナースコール。そんなことで助けてもらったことも何度かあった。

怪我した経緯、正確には受傷しているのが発見されたときの状況や受傷状態から推察すれば、自分の記憶はないが認めざるを得ない事が起きている。看護師長にはなんだか随分とお説教をくらったものだ。「身に覚えのないこと」と今更言い訳もできまい。そう観念して、話をした。お説教ばかりじゃなく、いろんなこと、本当にいろんなことを話した。

お医者さん達や看護師さん達、看護助手さん達、あとは他の患者さんやその家族…いろんな人と話したしいろんな人を見た。

病院スタッフに関しては、当たり前の事かもしれないけれど、救われるのが人間なら救うのも人間なんだなと思う場面が多々あった。お医者さんってとても敷居の高いところがあるけれど、こうして毎日見ていると、とても人間らしい所が見えてきた。言い過ぎかもしれないけれど、親近感さえ湧いた。

患者さん達に関しては、病棟柄、様々な患者が出たり入ったりしていた。それぞれがそれぞれの生命の危機を救われて退院(転院)していく。「あと二十分遅かったら…」「あと二時間遅かったら…」そういう危機を乗り越えた人達とも話をした。なにかが少しでも食い違っていたら、ここには存在しないのだ。私とて同じだ。

最初の病院から次の病院に転院する日、まだ車椅子に乗せてもらうのがやっとで足板にも足が乗り切らないようなそんな状態だったけれど、命を救ってもらった病院に心から感謝をして、次の病院へと出発した。


転院後がまた大変だったんだけど、またそれは機会があったらということで。


今日は事故から一周年。嬉しくない一周年だけど、しみじみとこの一年間を振り返った総帥の懐古録(初期版)でした。ちなみに今日はVistaから打ったんだじぇ。
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