まりごん総帥の「これぞ総帥道!!」Mk-2

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F1と総帥―セナとシューマッハとバリチェロと

2005.05.07 (Sat)
気が付けば見ていた。
でも、おもしろいと思えるようになるまでには相当時間がかかった。
MAX350km/h以上の速度の中で、コーナーでは息を止めてまわる。高速コーナー時などには3.5Gを耐えるという。
F1はそんな過酷なレースである。

F1を見るようになったのは、はっきりといつからというのは覚えていない。
一般のスポーツとは違って、なんというか、大人の雰囲気を醸し出していて、非常にとっつきにくいと感じていた。
でもその理由、それ以上に手を出しにくかったのは、94年のサン・マリノGPがいつまでも鮮明な記憶として残されていたからだった。幼かったあの頃の自分には、とてつもない衝撃だった。

---
1994年のサン・マリノGP、あのイモラサーキットでの悪夢だ。
もう11年になるだろうか。それだけ経ったとはいえ、あの映像と文字がふっと頭を横切ることがある。

コーナーを曲がりきれずに、コンクリート壁に突っ込んで行くセナのマシン。
大破。運ばれるセナ。「ちょっと動きましたね?」テレビの画面からそんなコメントが聞こえていた気がする。
しかし、その後…

…アイルトン・セナ、死亡との発表。
セナは若くして逝った。

幼き自分の胸に、セナの死は深く突き刺さるようであった。

…そういえば、おぼろげな記憶に、セナはレース前に険しい表情をしていたことを思い出す。そこには、当時自分が知らなかった予選での出来事があったようだ。

後に知ることになったのは、ミハエル・シューマッハと ルーベンス・バリチェロが場を同じくしていて、バリチェロのほうは予選で事故に遭っていた事、また、予選2回目ではローランド・ラッツェンバーガーがコンクリート壁に突っ込んで死亡していたこと、本選では、セナの事故後にもクルーが怪我をする(死亡?)事故があったこと…。

何年も経って、やっと把握できた次第である。

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死のイメージが鮮烈で、ずっと付きまとっていて触れることができなかったF1。
しかし、高校時代のF1好きの友人によって、その思いは少し拭われる。

それからまた年月を経て今に至る。
あの頃とは違う感慨やら情熱、期待を胸にF1を観る。
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